プロフィール★森永博志 (もりなが ひろし)
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地元の飲み友だちのKは1年前、この町を去って行った。
Kは元は建設会社の社長で、好景気のときには月収500万円も得る大富裕人だったが、景気の失墜によってその業界は凋落し、Kの会社も倒産してしまった。
早い話、Kは食いつめて、建設関係の仕事を求め被災地へと行ったのだ。重機を扱うのに必要な特殊免許をもっているので、被災地に行けば復興には貴重な人材となれた。
被災地の簡易宿舎を転々とする流れ者になったKとは、時々、電話で交信し、福島で「中国人なんだけどね」、彼女ができて、どうやらいっしょに暮らしている様子だった。
去年の暮れ、Kは彼女を連れて、この町に戻ってきて、部屋を借りて、いっしょに住みはじめた。
訪ねて行くと、彼女は去年の秋にぼくが旅行に行った中国東北地方の吉林省の延吉市出身と知った。そこは、長白山の近くの町で、彼女は朝鮮族だった。
8年前に日本に来て、日本語学校で日本語を習得し、仕事はリゾート・ホテル勤務だった。
ふたりの住居は歩いて5分程の近所なので、たまに彼女の手料理を食べに訪ねて行く。中国料理と韓国料理の両方を作れる。
ある日、訪ねて行くと、珍しく彼女はビールを飲み、「今日は5時まで飲むよ」とわめいている。酔っているようだった。
要するに、おかんむりなのだった。
というのも、数日前、仕事の打ち合わせで7時頃に家を出て行ったKが、そのまま近所のカラオケ屋に流れてしまい、朝5時に帰ってきた。
そのことが許せないらしい。ケイタイに何度も電話して、怒鳴りちらしたが、Kはズルズル、カラオケ屋に仲間と長居し、朝になってしまった。
だから今日は、「わたしが、朝5時まで飲む」と、せっせとビールを口に運んで流し込んでいる。
こっちはそんな時間までつきあっていられないので、12時前にはおいとました。
数日後、Kに会ったとき、「どうなった?」と訊くと、酔っ払ってしまった彼女はリヴィングルームで横になり、Kに背を向けて、本を手にしていたという。
「それが、『初めての中国人』を読んでんのよ」
そうか。初めて訪ねたときに、その本をサインつきでプレゼントしたんだ。
「読めるの?」
「読めるよ。オレより漢字知っているもん」
と、中卒で、愛読書は吉川英治の『太閤記』だったというKは苦笑いする。
彼女はこの町にひとりの友人もいない。
他国の、右も左もわからない町で、ひとり部屋にのこされた彼女は何を想うのかな?
海を渡った大陸の遠い故郷や家族を想うのかな?
中国は多民族国家だ。20世紀、清朝を倒した中国革命後は漢民族同士の主権争いとなり、結局毛沢東を指導者とする共産党が共産主義国家を建設し、今もその体制はつづく。要するに共産党国家だ。
他に、遊牧民のモンゴル族がいる。彼らは今も草原、馬、羊、白酒、歌を愛し、彼らの故郷である内モンゴルの大草原の地下に眠る天然ガス採掘が伝統的な遊牧生活のための環境を破壊している現状に抗議活動はつづいている。
清朝の主権者だった満州族は、今、映画界やアート界、音楽界らの実力者として多く活躍している。
他に、政府との人権闘争をくりひろげる(といっても一方的に弾圧されている)イスラム系、チベット系の少数民族も多い。
朝鮮族は吉林省に延辺朝鮮族自治区を与えられ、北朝鮮の生活習慣がそこでは営まれている。
Kの彼女はいったいどんな気持ちで日本に暮らしているのだろう?
『初めての中国人』が彼女の心を慰める本になっていたら、光栄に感じる。
福島の晩秋は、イチョウが見事に紅葉するので、彼女は3人で見に行こうと酔っていたのか、さかんに誘ってくれた。
3・11の時は福島にいたのだろう。