プロフィール★森永博志 (もりなが ひろし)
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1995年1月17日、阪神淡路大震災はおこった。
この年、ぼくは3冊の著書を刊行した。
まずは3月。
立川直樹との共著『シャングリラの予言』。
4月には布袋寅泰との共著『六弦の騎士』。
そして5月には『ドロップアウトのえらいひと』。
月に1冊の勢いでだしていた。
あれほどの災害の直後、本など売れないのではと危惧していたが、どの本もよく売れ、特に『ドロップアウトのえらいひと』はベストセラーとなった。
三代目魚武こと濱田成夫を取材して書いた原稿には、生々しく当時の様子を記録していた。
インタビューの4日後、濱田クンの実家の寿司屋〈魚武〉のある西宮が兵庫県南部地震の直撃で壊滅した。彼が海の啓示から“三代目魚武濱田成夫”という生きる作品でデビューした街、“ステージ”は嘘のように消えてしまった。
心配した橋本クン(担当エディター)が濱田クンの携帯電話に連絡すると、彼は被災者安置所にいて、「まるで戦場のようだ」という応答があり、実家の寿司屋は跡形もなく焼失、おばあちゃんが亡くなったと知らされた。
『シャングリラの予言』は震災前に制作を終えていたが、何か感じるところがあって、まえがきを担当したぼくは、
……日々にすべての事は起こり、日々のいつかに人生の終わりはくる。金は使わなければ貯まるが、時は使わなければ消え去り貯めることはできない。一文無しになっても、時まで失すことはない。一杯のビール、一皿のモヤシ炒め、一枚のレコード、一冊の本、一本の映画で五感を解放できる気質があり、同じ趣味の友人がいれば、「この世はシャングリラ」で笑っていられる。
と書いた。
今日、3月20日付けの東京新聞朝刊に以下のような記事を見つけた。当時の被災者のひとりかつお節・昆布の御小売店の主人が語る。
震災の翌月には、近所の居酒屋がバラック小屋で営業を再開した。「立ち飲みで大にぎわいやった。東北も少し落ち着いたら、公営で立ち飲み屋を始めたらええんやないか。値段も安うして。人と話せば気も紛れる。なんか楽しみがあったら、がんばれる。」
体験者の言葉だ。
今年、2冊単行本を刊行する。
1冊はすでにあとがきも書き終えていたが、書き直そうと思う。
しかし、その物語は、1968年の小笠原返還後、それこそ恒常的交通手段もマトモな住居も行政や医療機関も生活物資も通信網もエンタテイメントもない状態の中で、再生はどのような人によって、どのように展開されていったのかのリアル・ストーリーだ。
登場人物のひとり、宮川典継は「すべては小屋からはじまった」といった。
心の面でも生活の面でもサバイバルの参考になってもらえることを望む。