森永博志のオフィシャルサイト

www.morinaga-hiroshi.com

曾祖父は日本郵船の太平洋航路の船長。一族は1909年より1926年、NYのアムステルダム通りに住み、祖父は帰国後、五反田にアールデコのビルを建てる。父は新幹線開発の主要メンバーとなり、勲章を拝受。弟は国立図書館主任。甥っ子はANREALAGE代表。もうひとり甥っ子はBlue Noteブッキングディレクターという一族のアウトサイダー。


祖父のパスポート(20㎝×25㎝)

passportの表

passportの裏

ニューヨークの一族

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著書/『原宿ゴールドラッシュ』、『やるだけやっちまえ』、『ドロップアウトのえらいひと』、『アイランドトリップノート』、『ONE PLUS ONE』、『初めての中国人』、『ドロップアウトのえらいひと〜島に渡る』『自由でいるための仕事術』『ジョニー・ワイルド/ロックンロールの神様に愛されたひとりの少年の物語』他。

共著/『六弦の騎士』(布袋寅泰)、『シャングリラの予言』(立川直樹)、『レッドシューズの逆襲』(門野久志)、『北京』(李長鎖)、『幻覚より奇なり』(田名網敬一)、他。

著者・近影/小笠原・父島にて

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【追記】

2016年の前半期はデヴィッド・ボウイの突然の死去の哀しみが世界を包み、つづいてプリンス!そして、カシアス・クレイが、、、スーパースターたちが相次ぎ鬼籍入りし、なんとなく宇宙的レクイエムに耳傾ける半年となった。

後半がはじまろうとしていた6月半ば、その空気を吹き飛ばすような祝事が東京タワー下で催された。

甥の邦彦の結婚式と披露宴、祝賀パーティーである。

新婦は売れっ子モデルのカノコさん。


森永博志の写真


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会場は東京タワー下のテレビスタジオ。

東京タワーは邦彦の主宰するアパレル・ブランドANREALAGEとの深い因縁がある。

まだ学生デザイナーのころ、東京タワー下の催事場で開催された若手デザイナーたちの展示会に邦彦も参加、すでに凝りに凝ったパッチワークのジャケットを制作していて、それがアメリカのプロデューサーの目にとまり、ニューヨークで開催される世界的コンテストへの参加を要請された。

全世界から800人をこす新人デザイナーがエントリーするそのコンテストで、ANREALAGEはアヴァンギャルド部門で優勝、それが、世界進出への第一歩となった。

次に、東京コレクションのデビュー・ショーも東京タワーの大展望台で催した。

ニューヨークでの受賞の直後であったので、1000名ほどの観客、プレスが押し寄せ、タワーはじまって以来の大混乱する事態となったが、デビューを華々しく飾ることになった。

という東京タワーを邦彦が結婚式の式場と披露宴、パーティーの会場に選んだのは彼なりに幸運をもたらした東京タワーへの感謝の気持や願いもあるのだろう。

式は古式にのっとった神前結婚式で、近くの神社から来た神主や巫女、雅楽奏者が執り行った。

その式場もまるで現代アートのインスタレーションのように造作されていた。

式は両家の親族とごく親しい友人たちが参加し厳粛な空気の中で進んだ。

古式に徹した儀式に、新鮮な驚きを覚えた。

何かと未来をテーマにしたイベントや番組に駆り出される邦彦に、そのような古典を尊ぶ心があったとは意外であった。

新婦と彼女の一族に対する誠意なのかも知れない。

式のあとは大スタジオを借りての披露宴である。

ディナーショーのフロアーのように舞台がありデープル席が21席、天井には巨大なミラーボール、ライティングも幻想的に演出されていた。


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参加者は椎名林檎さんやデザイナーの神田恵介、サカナクションの山口一郎、ライゾマティックスの真鍋大度、スタジオジブリの青木君、元文化科学大臣夫人の下村今日子さんなどなど、およそ150名ほど。

僕が乾杯の発声をした。

演目も豊富で、山口一郎のアコースティック・ライブまであった。


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司会は日本テレビアナウンサーの辻岡義堂、演出はパリコレ演出家の金子繁孝、祝辞のビデオではユーミンに糸井重里も。

その後、数百人が訪れたパーティーはまるで全盛期のクラブGOLDのような賑わいであった。

だれもが、その盛大さに驚嘆していた。

服作りもパリコレもそうだが、何もかもが簡略化していく時代風潮に抗うかのように邦彦はこの祝事をプロデュースし、最高のスタッフを結集させた。

伯父として、感無量であった。

そして親族にモデルのカノコさんが加わり、今後、森永家の子孫繁栄を願ってやまない。

翌日、日経新聞の朝刊に全5段カラーの、ヘネシーの広告に邦彦と僕が出演した。


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昨年も『BRUTUS』の篠山紀信撮影の連載ページに邦彦と出演した。

僕と邦彦が伯父と甥の関係にあると広まっていく。

新宿伊勢丹で開催されたユーミンと邦彦のトークショーに呼ばれたとき、楽屋でひさしぶりにユーミンに会うと、僕らが親族であることを知り、むかしから知己のユーミンはびっくりし、僕に、

「だって、マッケンジーとモードと結びつかないじゃない!」

「そうだよな。ヒッピー系だもんね」

芝浦の太平屋や芝浦ホルモンはるみや斬鉄軒の店では女将さんやママがその新聞広告を切り抜き、お客たちに見せている。

「森永さん、ブランデーなんか、飲んでるの見たことない。いつもホッピーだろ」

と、みんなわらってる、、、