プロフィール★森永博志 (もりなが ひろし)
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柳ジョージの他界は、彼がレイニーウッドをひきいて音楽界の頂点に立った時代の日々を想い起こさせた。
それは1970年代終わりから80年代初め。
その頃、僕はロック・アーティストのツアーに仕事やプライベートでよく随行していた。
矢沢永吉、泉谷しげる、柳ジョージ&レイニーウッド、そして桑名正博。
いつだったかフジロックの主催者でもあるホットスタッフの代表、永田氏と食事をしたとき、「森永さん、桑名の全国ツアー、ずっとついてましたよね」と言われ、その旅が桑名の写真集『桑名正博』(集英社)を制作するためのものであったことを想い出した。
1979年から80年にかけて、桑名は、『哀愁トゥナイト』が大ヒットし、スーパースターとなっていた。
桑名とは個人的にも親しく、ツアーに随行しても、本人ともメンバーたちとも楽しい時をすごせた。
そのころの桑名には矢沢とは違ったイメージ、音楽性で僕は惹かれていた。矢沢はすでにカリスマ性があったが、桑名はスーパースターでありながら、人前で平気で素をさらしていた。
写真集の取材もだから私生活に入りこんでいった。大阪の実家にも原宿の自宅にも、子供の頃に修行をつんだ奈良の薬師寺にも行った。シャワーを浴びている全裸の写真まで撮った。
その頃の桑名を写真集に見ると、今でも充分通用するカッコよさを感じる。顔、体つき、そして何より本物のヴォーカリスト&ギタリスト、ちょっと日本人離れしたキャラクターだった。
写真集には自身の半生や音楽観、死生観を語るロング・インタビューを掲載した。
サクセス・ストーリーめいたものは一言も語らなかった。
中学を2年で落第し与論島に行っている。そこにいた日本人ヒッピーたちのコミューンにもぐりこみ、そこから放浪生活を送るようになった。ヒッチハイクで全国を旅した。
中学を卒業して、高校に入ったが入学式の翌日にはやめてしまった。1971年、17歳の時、船に乗ってサンフランシスコに行った。L.Aに移り〈ウィスキー・ア・ゴーゴー〉で、まだデビューしたてのアリス・クーパーやデヴィッド・ボウイを見た。障子張りの仕事をして生活した。
桑名はL.Aに訪ねてきた友だちとバンドを結成しようと思い立ち、帰国した。それがファニーカンパニーだった。
という物語を語っている。
桑名はスーパースターとなったが、若くして実に醒めた心で人生観も語っていた。
今読みかえしても、なんでこれだけ達観することができたのか、不思議だ。以下は抜粋である。
ちなみに桑名が所属したオフィスの代表の寺さんは、かのキース・リチャーズと親しくなっている。
人間ってさ、年とればとるほど自主規制していくもんなんやね。タテマエの上では、自由になっていくよ。
子供の時は、人から規制はされるけど、大人になると自分で自分を規制していくようになるんやね。
大人と子供ゆうんで、煙草を例にとってみよか。20歳になったら、もう親の目もはばからんと、堂々と吸えると。それまで、隠れて吸っていたのに。20歳になった瞬間、瞬間やもんね、もう親の目の前で、プカプカ吸えるんやもの。たった1秒すぎただけのことなのに、変な話やね。20歳寸前の23時59分59秒の時の一服は悪いことなんよ。それが1秒すぎたら、悪くはないんやもの。タテマエゆうんやろな、これこそ。
ところがさ、20歳までは煙草やったら、なんでもよかったんよ。吸えるだけで、うれしい気分やったやんか。煙草の銘柄関係なしや。総体して、煙草やったし。それが、そのうち、ロング・ピースやなきゃあかん、ゴロワーズのフィルター付きやなきゃ俺に合わんの、メンソールやいうて銘柄に縛られるようになって。あげくの果てには、1日30本は吸いすぎや、アクア・フィルター使おう。ついに肺ガンや。そうなるんやろ、極端な話。
吸いたきゃ、勝手に吸いなさいやろ。誰も規制してくれへんから、自分で規制するしかあらへん。そうやって、どんどん、自分を狭めていくんやね。
煙草だけじゃなくて、なんでも、人間ってそうや、思うわ。音楽だって、認められてしもうてから、そやないかな。やってれば楽しかったのが、カテゴリーにこだわりだして、自分を狭めてくいうの。そういう感じするんやね。俺は、だから、とにかく、タテマエはイヤやね。タテマエ信じて、生きるのは。
だいたい、20歳で成人ですよいうの、信じられへんもん。ハイ、20歳になりました。あなたは今日から成人やから、社会人としてのなんたらかんたらって、俺は信じられへんわ。成人なんて、自分で決めればいいのよ、ホンマは。なにも、みんな20歳である必要ないやんか。人それぞれ、生い立ちから、生活から、生き方から違うのやさかい。でも、20歳なんて、どう考えたって、遅すぎるわ。日本だけと、ちゃう。
最近思うんやけど、小学校の頃に感じた世の中の感じがね、今もたいして変わってないんやね。仕事でね、いろいろな人と会うようになっても、小学校の時に、おった、おった、こんなやつが、って感じるわ。
俺の行ってた小学校が大きかったせいもあるんやろうけどね。全校生徒が2千人ぐらいおったのかな。だから当然、人間のパターンとしては全部いてるわけよ。
イヤな奴、いい奴、ダメな奴、ワルもおれば、エリートもおるし。目立ちたがり屋もおれば、俺よりボンボンみたいな奴もおったし。人間がみんなおったね。それが、そのまま、大人になっただけやん。
人間っていうのは根本的に、みんな子供やと思うわ。
でも、子供のままじゃ生きられへんから。なかにはいるよ、あー、この人、子供のままなんやな、いう人は。大人ゴッコやってんのよ。サラリーマンでも、ミュージシャンでも、スターでも、大学の教授でも、係長でも、政治家でも、ゴッコなんよ。そこに、それなりの悲劇や喜劇はあっても、しょせんはゴッコやもの。
でも、タテマエ社会の成り立ち方としては、ゴッコゆうんじゃまずいから、“仕事”言うてみたり、するんや。
俺が生きてて、信じられる価値ゆうの、それはさ、古い友人から、久しぶりに電話かかってきて、「どないしてんの、お前!」って言うた時の瞬間の気持ちとか、アンとめぐり逢って結婚したりとか、コーヒーのおいしい店見つけたりとか、いいレコードができたとか、コンサートやって今日はノッたねとか、そういうことが価値ある気がするんやね。単純によ。
自分をいい形で人に見せたって、しゃあないもん。よく見られようとすると、自分を切り売りするでしょ。チョイスしだすでしょ。それで、つきあう相手を選びだすでしょ。
それは他人からも選ばれるようになることやん。自分が選んだつもりが、他人から選ばれることになるんやね。
それが、どんどん、まわっていくから、狭く狭くなっていくわけや。いちいち選ばん方がええなと思うわ。
俺、本なんか読んだことないやん。本から学んだことなんかないしさ。で、結局、現実のなかで、なんやかんややっているうちに、クセがついたんやろね。しがらみやタテマエと違うことなんや、生きることは。