プロフィール★森永博志 (もりなが ひろし)
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どうしても見つけ出したい制作物があって、かなり真剣にトランク・ルームを漁った。借りているのはふたつ。うちひとつは紙物、もうひとつは雑貨的なもので、紙物の方の半分を引っ張り出し、しらべていると、いっこうに探し物はでてこないが、その代わり埋蔵金のような、いままでの創作物が大量にでてきた。いやー、感無量。しばらくは、その発掘物をめぐる話を書く。
半日費やして、それを整理した。結果、人物もの、ライフ・スタイルもの、趣味的なもの、モード系、旅もの、アート系、エロ系、人生相談、対談、まあ、節操なく、雑多もいいとこ。
箸にも棒にもかからないのもあれば、時を経ても古びた印象をうけないものもある。デザイン次第だ。あとは、組んだクリエーターの作風ですね。
この世のすべてのものが過去に葬りさられる宿命にあったら、歴史は無きに等しい。しかしウォーホルは、いまごろ、50光年的光が届いた。デュシャンは、まだ届かない。ほとんどは、『ゼロ・グラビティー』の、あの宇宙塵と化す。歴史の微塵にもならない。ただの塵。
中に、すっかり忘れていた荒俣宏との制作物があった。荒俣さんとは、ぼくがプロデュースした文芸誌『小説王』に連載した『帝都物語』が最初の仕事だったが、その後、旅行雑誌『ガリバー』でミクロネシア、タヒチ、ロンドンの特集を一緒に制作した。
しかし、残念ながらその3冊はなかった。どれも、凄いはずだ。ミクロネシアは『南洋仰天旅行』、タヒチは『人生を棒にふるタヒチ』、ロンドンは博物館特集で、南方熊楠が登場する小説仕立ての旅行記を荒俣さんが書いた。無論、すべていっしょに取材旅行をした。ミクロネシアとタヒチ旅行記は、拙書『アイランドトリップノート』に収録した。
見つけたのは荒俣さん監修、日本ペンクラブ編のアンソロジー・ブック『異彩天才伝』、文庫本だ。
前日、ガリバーこと安土修二のアトリエ兼自宅を訪ねていた。そこで、ワインをご馳走になりながら芸術談義をしていたら、荒俣さんの話しになった。ガリバーは親交の深かった松岡正剛を介し荒俣さんとは会っていたようで、ぼくが『帝都物語』のことを話すと、「荒俣君と森永君が、そういう関係だったとは」と、少し驚いた様子だった。
その経緯もあって、翌日に偶然『異彩天才伝』を見つけたのは、喜ばしきこと、吉祥に思えた。
この本は歴史的奇人の伝奇集で、作家たちが雑誌や書籍に執筆・発表した人物記を荒俣さんが「奇人」をテーマに選び一冊にまとめたものだ。音楽でいうところのコンピレーション・アルバムだ。
書き手は紀田順一郎、種村季弘、色川武大、深沢七郎、渋澤龍彦、大宅壮一などなど、大物もいいとこ。そこに名をおく自分なんて、鷹や鷲や龍の群れの中で、目にも入らぬ雀みたいなものだ。ほんとに畏れ多い。
でも、荒俣さんが選んでくれて、名を連ねることができ、光栄の限りだ。
出典は『ブルータス』(1985年)、都築響一が企画した大阪特集の中に組まれたメインの読み物であった大谷光瑞伝。
大阪や神戸の図書館、新聞社で調べて書いた。インターネットのない時代、そこに足を運んで調べるしかなかった。マイクロ・フィルムで残されている明治・大正期の新聞から必要な情報を探す作業は根気を必要としたが、探偵気分だった。
この仕事は30代半ばなのに、意識的なのか、妙に古風な調子の文章だ。世は昭和軽薄体と言われたひらがな、カタカナ、口語体の軽薄的文章の黄金期、その読者にへつらった風潮を嫌悪していたので、こんな時代がかった文章をクールと思ってたんでしょうね。ま、漢字はカッコいいしね。髑髏なんて。