プロフィール★森永博志 (もりなが ひろし)
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そのころ自分の眠剤常用が不調の原因だとはわからなかった。
ひたすら気分はダウンしてゆく。何もかもがうつろとなり、気分だけは重い塊りとなり、自分の中に怖ろしい別人が入りこんで自分をいためつけてる妄想にかられた。
眠剤は病院で定期的に処方してくれた。検診で病院に行ったとき、「睡眠は?」ときかれ、「あまり眠れない」とそれを不眠症には思わなかったが口にすると、その日に眠剤をだしてくれ、それから常用がはじまった。
現代人だし、神経つかう仕事についていたら、そんなの当り前という風潮に染まった。
4年まえの夏、『旅学』を知人の出版社が刊行することになり、中国取材の依頼がきた。
インディース系の雑誌なのでカメラマンをやとう余裕はない。
ひとりで行って取材し、写真も撮り、テキストも書く。
北京に3日間滞在した。夏、すさまじい猛暑のうえ、心身共に調子は最悪だった。ホテルも窓がない最低ランクのホテルにとまり、そこから毎日、ひとりで街にでかけていった。
若者たちが集まりだしたナンロールーシャンというストリートや工場地帯の芸術区。インスタントカメラをもって汗だくになり、路上をうろついて写真を撮った。
写真さえ撮っていけば、あとテキストは事情知ってる北京のこといくらでも書けると思っていた。
取材を終え、もうヘトヘトにつかれ切っていた。
成田に着いて、箱崎までもどった。いつもならそこから自宅に直帰する。だけど、このまま自宅にもどったら、北京ルポを制作できないように思えた。
なぜか浅草に出た。雷門ホテルに予約なしの飛び込みで入った。雷門通りのカメラ屋に行きプリントをたのんだ。
そこでホテルの部屋で眠りにおちた。
翌日、プリントをうけとりに行き、ホテルの部屋にこもった。ケイタイを不通にした。
ハサミとノリとマジックインクを使い、写真を切ってははって、書きこみ、コラージュをして不眠不休で丸2日かかって制作した。
たかがルポ制作なのに生命がけの想いがした。心身がどん底におちているのに、逆にものすごく過剰な作品を制作した。
数日後、品川の寺で母と会ったおり、「何か、おまえ様子がおかしいよ。足元ふらふらしてるし、目もうつろだし、何かのんでるかい」と訊かれ、正直に「スイミンヤクのんでる」と答えると、「何というやつをのんでるんだい?」「レンドルミン」と教えると、母は薬名を紙に書いていた。
翌日母から電話が入り、「いますぐレンドルミンはやめた方がいいよ。後遺症がひどいらしい」と、知り合いのドクターに聞いたりでもしたのか、伝えてきた。
その日をもって眠剤をいっさいやめたら、途端に心身に活気がもどってきた。
しかし、眠剤常用してたときの自分は廃人に近かったけど、ギリギリのところでも創作の意欲だけはうしなわなかったんだなと、しみじみ思う。
コラージュは百点ちかいプリントをハサミで細かく切って、それを組み合わせて、街をつくりだした。コンピュータは使ってない。
ハサミとノリとテープとマジックインクだけだ。
いま同じようにつくれっていわれてもムリだね。