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クラブシャングリラ6

TACHIKAWA“MICK”NAOKI
&
MORINAGA“MACKENZIE”HIROSHI’S
CLUB SHANGRILA 29
2014年8月28日収録
@花扇(箱根強羅)


長野のロック・フェス出演の一泊旅の数日後、Mの運転する車に乗って、箱根強羅境へと向かっていた。

今回、宿泊は〈早雲閣〉の姉妹館の〈花扇〉。同行者はクラシャンの朋友、千恵蔵こと藤田千恵子。

2時に西麻布を発って、車内にはMセレクトのクリス・レアが流れている。

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ひさしぶりに聴くクリス・レア。サントラ盤のようだ。いま、何してるのかな? と聞くと、地中海に隠遁してるみたいよ、とM。

金無垢のようなクールなビート、哀愁の旋律、レナード・コーエンに似た放浪詩人系の声。疾走する車内の空気は極上の音楽で発酵していく。


車中、気になっていたことを千恵ちゃんに聞いた。

M’:  あるライターから聞いたんだけど、最近、若い人たちが自分たちでお酒をつくりはじめてるって、本当?

F :  いままでのような杜氏集団に頼らない酒つくりということで、若い蔵元たちが自分自身で酒をつくりはじめたオーナー杜氏の動きがひとつ。あと、従来の蔵元ではなくて、どぶろくをつくっている人たちもいますね。

M’:  もとは、何をやってた人たちなの?

F : オーナー杜氏の場合は、証券マンとかまったく別の異業種についていた跡取り息子が蔵にもどったり。どぶろくの場合は、農家さん。お酒つくりって実は農業の延長線上なんですね。

M’:  なるほど。いまの若い人って農業やりたがるもんね。サーファーとか、多いよ。沖縄で野菜、小笠原で珈琲をつくってるよ。

F : 知り合いの酒蔵の杜氏さんは農家の息子しか蔵には雇わないと言ってました。

M’:  あっ、そう。農家の息子って、いま貴重な存在なんだね。

F : なんで、貴重かというと、酒の醸造は結局は自然相手の仕事だから、自然は自分の思い通りにはならないということを知ってる人じゃないとできない。そういう不本意なことをのみこんで、こう、力を尽くすみたいな精神性を杜氏さんとしては求めるんだと思います。

M’:  でも、若い人が自然志向の店をつくろうっていうところから、自分で酒もつくろうって目覚めたのは凄いと思う。

F : いまは、日本酒が好きで飲んでいるうちに、自分でもつくりたくなった人が多いような気がします。

M’:  それだよ! それ! それは凄くいいことだね。好きが高じてが。

F : いいことですね。

M’:  やる気になれば誰でも、できる?

F : いや、そんなことは。やはり、生き物の世話をするわけですから、麹菌とか酵母菌とか。だから、ある種、真面目な性格じゃないと。

M’:  菌の世界は真面目じゃないと!

F : やっぱり米麹になるまでは、夜中に起きて世話したり、早朝に起きなきゃとかあるんで、怠け者には無理ですね。でも、どんなに厳しくても、例えば、私たちフリーライターはどんなに徹夜しても過労死する人はいないじゃないですか。

M’:  フリーライターに過労死はない!

爆笑し「名言だね!」とM。

F : そういう生活はやっぱり好きじゃなきゃできないですよ。

M’:  今日は、どんなお酒を持ってきたの?

F : 今日は梅酒、持ってきました。あの織田信長の鉄砲隊と戦った雑貨衆(さいかしゅう)っていたじゃないですか、和歌山に。その末裔の人たちが、いま、酒倉をやってるんです。今日、そこの梅酒を持ってきました。瓶の中に酵母菌がはいっていて、いまちょうど発酵してるんです。だから面白いと思う。

雑貨衆は現在の和歌山市を拠点にした特殊技能集団だ。16世紀に数千丁単位の火縄銃で武装し、天下にその名を轟かす傭兵としての活動もした。また、海運や貿易でも活発に活動していたというから、「海を制する者は世界を制す」的な海賊でもあったかもしれない。

M : やっぱり、ディランは車には向かないね 。

M’:  不思議ですね。『ハイウェイ61』とうたってても、向かない。クリス・レアは山に合うね。

と、ぼそっと。今回、音楽ネタは、これだけ。クリス・レア!


宿に到着。すぐに部屋付きの露天風呂につかる。

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霧煙る緑の谷を見下ろせる。

何やら、雑貨衆の話を聞いていたので、気分は砦だ。

15、6世紀のころは、宿とかはどうなっていたのか?

露天風呂につかっていると、それほど遠い時代には思えない。電化製品ぐらいではないか、変化を見るのは。あと、通信機器とか。人間がものすごく進化を遂げているとは思えない。

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妙に、今日の露天風呂は思索的だ。

雑貨衆の末裔の製造した梅酒はどんな酔いだろう? 期待してやまない。

今宵、女酒仙人の千恵ちゃんのお導きで、知られざる歴史へと酔歩を進める気がしないでもない。

酒宴前に、すでに最高品質の時間に漂っている。

館内のあちこちに古代森の精霊かと見まがう巨大樹のオブジェ。その年輪に畏怖の感情を覚えながら、広間に向かう。そこにも、富士を型どる巨大な奇樹オブジェが!

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今日は大勢だ。総勢10名。

各々、酒、料理を騒がしく評する。誰が何を言っているのかわからないが、旅館の主人のまっちゃん(松坂)は広沢虎造ばりの低音をきかす。今夜も酒の案内人は千恵ちゃんだ。Mは全体の指揮者のようだ。酒と料理を巡る評言が交響する。

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「最初、山梨の白ワインのスパークリングでいこう」「じゃ、つぎ、梅酒にしましょう」「しらす、技、出してるわ」梅酒、飲んでる。「うまい! めちゃ、うま!」

「よかったあ! でしょ! って、なんで、わたしがここでえばるんだ!」「いきなり心境変わるね!」「この燻製の玉子も、うま!」「どぶろく、いくか?」「いいね、いいね」「吹いてきた」「生きてる!」「どぶろくと燻製玉子で、どぶたまセット、いけますね」「いい、どぶたま!(側近に)おい、おい、メモしとけ!」

飲み、食べ、評し、ひと息ついて、

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F : このどぶろくつくってる人は民宿の若主人なんです。で、最初は地元だけだとどぶろくをよく学ぶ環境に限界があったんだけど、岩手県から出て、奈良県の名杜氏さんを訪ねて、一ヶ月泊まり込みで習ってきたら、もう格段によくなったんです。それで、先月くらいに、「藤田さんのところに持ってってみろ」って言った人がいて、会って飲んだら、ホントに素晴らしかった。

M : うまいよ。シマアジと合うね。シマアジが握りになっているのがいいね。

M’:  こういう享楽は旅館でしかできないね。最高の料理と酒と会話があれば、音楽もいらないね。映像も。でも、料理と酒の仕込みには、ものすごく時間がかかってるんでしょうね。

M : だってさ、ラジオで1時間の音楽番組つくるときに、ぼくは3日かける。それと同じだよ。

M’:  選曲に、まず?

M : ただ、好きな曲だけ選んでオン・エアするんなら、そんなに時間、かかんないよ。そうじゃなくて、この曲のあとに、この曲がきたら、どうなるのか? つないでみて、聴いて、違うなと思ったら、入れ替える。それで、エンディングの曲も決めといて、そのコードをわかったうえで選曲していくんだよ。料理の出し方も同じだよ。流す曲は誰でも使える曲なんだよ。使えるものをつなぐだけ。食材もそう。どこに手間をかけるか。それを、どういう風に出していくか。料理人の腕にかかってる。

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ちなみに、この夜も〈花扇〉の献立は、

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M’:  まずは、手間?

M : あとは見識だね。それはいままでそれをどれくらいやったか? だから、ぼくは若いやつで、奇才とかって言われて出てきた人はあんまり信用してないんだよ。こなれてないとダメなんだよ。それが見識なの。確かに若いやつは若いなりにパンクっぽい味わいはある。でも、それはあくまでパンクであって、そいつが凄くなるかどうかは、やっぱり、見識ある人をリスペクトできるかどうか、そこで技術を学ばないで、「俺は」ってやってたらパンクのままで終わっちゃう。それはセックス・ピストルズみたいなもんですから、2年で終わり。つまり、ブームはつくれても、歴史はつくれない。

M’:  でも、いまや、ブームもつくれない。それも哀しいね。ブームをつくれた時代は、まだいいね。このどぶろくは千恵ちゃんが最初にうまいっていったの?

F : 民宿に泊まった人たちだけは、みんな、美味しいと思っているでしょうね。まだ、マスコミでは、紹介されてないみたいです。

松坂 : だって、まだ、売ってねえってことは、そうだろ。こうやって、飲んでると、楽しいな。

M : 70年代のヨーロッパは、フランスもイタリアも、こうやってゆっくり時間かけて食べてたんだよ。平気で4時間くらいかけてた。

F : そうそう、ワイナリーに行ったとき、日本酒の蔵元さんと同じだと思った。これとこれで、飲んでみろみたいな。

M : それで、途中で散歩に行くんだよ。

F : それは、凄い!

M : 腹ごなしみたいに。それで、ちょっと郊外のレストランに行くと、そうすると、途中デザートの果物、採りにいこうって、外にでてくんだよ。 (どぶろくを熱燗にして飲む)

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F : 燗は、どうですか?

松坂 : 甘みが増すね。日本酒をつくるときの神様って、なんだっけ?

F : 松尾様。京都に松尾大社ってあるじゃないですか。


(そうか、ぼくらは今夜も日本酒を飲んでいるが、つくり手ではないが、飲み手としての見識を、この機会に深めてもいいのでは、と千恵ちゃんの話に耳を傾けた)


F : ・・・で、お坊さんがお酒をつくっていた時代があったんですね。でも信長がお寺を焼き討ちしましたね。その時期と、酒つくりがお坊さんから市民の手に移行したい時期と重なるんです。見たわけじゃないから、そうは言い切れないないんですけど。

M’:  いや、面白いね。酒から見た日本史!

F : もっと言うと、日露戦争は酒税で戦ったって言われているじゃないですか。そこで、お酒が腐っちゃうと酒税がとれない、お金になんない。だからお酒を腐らせないで、ちゃんと酒税をとって、その酒税で軍艦を買おうと大真面目に考えていたようなのですよ。そこで明治政府は何をしたかというと、ヨーロッパのビールの醸造を参考に純粋酵母という考え方を取り入れた。。江戸時代には蔵についている野生酵母菌しかなかったんです。それで、ちゃんと分離した酵母菌でお酒をつくりはじめたのが明治末期です。明治政府は酒造の近代化にものすごく努力したんです。だからお酒の歴史と酒税と政治と戦争の関連ってすごく深いんです。

M’:  案外、歴史の中心にあったんだね。

F : お金になるでしょ。だから近代酒造の歩みは日露戦争の歩みとすごくリンクしているんです。醸造試験場が開設されたのは明治37年、日露戦争の最中です。でもその醸造試験所は開設からたった10年足らずで行政改革で無用論が出てしまうのですが、いやいや、これはちゃんと日本酒の質の向上にとって有益なものだから守るべきだと突っぱねて存続させたのが高橋是清。けっこう、エーッと驚くエピソードあるんですよ。丹波哲郎のおじいさんが明治40年の第一回全国清酒品評会の審査委員長だったり。それで、そのとき第一位になったお酒はいまも広島にあるんですけど宝寿と龍勢というふたつの銘柄をつくっている蔵元の龍勢というお酒です。龍勢も、しっかりとした酒質のとてもいいお酒ですよ。

M’:  吉田健一の『金沢酒宴』を読むと、灘の酒を飲んで、とんでもなくスペクタクルな幻覚めいた酔い方するじゃないですか。我々が飲んでいる酒とは違うのかな。

F : 時代によって酒の姿が変わることは、大いにあると思います。いくつか大きな流れがあって明治末期までに飲んでいた酒と、そのあとのいまにいたる酒ははっきり違います。乳菌を人工的に添加して雑菌を排除するっていう考えは明治末期まではなかったんです。それまでは見ることのできない大気中の乳酸菌で乳酸を発生させていた。あと純粋酵母菌だと暴れたりしないから、操作しやすい。だから、国をかけて、日本酒を進歩させた。進歩かどうかはわかんないですよ。でも、人の手で酒つくりを制御しやすくなるようにと明治政府は望んだんでしょうね。

M : それはフランス政府が国をかけてワインをやったのと同じことで、だから日本人は日本酒の、こういう飲み方を含めて勉強した方がいいね。

F : だからきもとつくりとか言うと、あんな変わった酒っていう人は日本酒の歴史をご存知ない。明治40年代までは全部きもとだったんですよ。

M’:  この間、早朝、鎌倉の鶴岡八幡に行ったら、境内に薦被りの酒がものすごい数、積み上げてあって、あれは酒の光景として壮観ですね。日本酒だけですよ。

松坂 : 諏訪大社も。

F : だいたい、力のある神社はどこでもあります。

M’:  それで、祭りには欠かせないし。

松坂 : ねぶたなんか、山車のうしろに酒のせたリヤカー引いてる。

M’:  浅草も、前は三日三晩、酒飲んで、不眠でしたよね。

松坂 : ねぶたもそうだよ。朝まで。

M’:  いまは規制されすぎだね。

松坂 : 行くときにネエチャン連れてって、帰り違うネエチャン連れて帰って。喧嘩もよくしてた。

M’:  そういう面もあったよね。そのころの酒、質は、どう?

松坂 : よくないよ。いま、俺、56だから、40年前にもうカラス、いたんだ。

M’:  カラス?

松坂 : 田舎からでてきた突飛なカッコした奴らが、ねぶた祭りに乱入してきて、で、そのころバカが来たっていって、俺ら、川に捨ててたんだ。

M’:  日本酒が千恵ちゃんがいうように日本の歴史と深くつながっている文化だとしたら、いま、ナショナリズムじゃないけど、日本酒に戻らなければいけないね。

松坂 : 戻ってきてる。前は焼酎のプレミアムのついたの置いとけば、なんぼでもはけたのに、いまは飲む客減ってきたよ。

M’:  だから、ブームはつくれても歴史はつくれない。歴史をつくるのは日本酒か。

F : 1年、2年の間にお酒の流行りはガラッと変わってる。

松坂 : フランスのワインなんて飲めないよ。昔、8000円くらいで仕入れたのが、いま、3万だ、4万だよ。

F : あと、311の震災のときに、スペインに福島の酒を持っていったことがあって、会場でわたしが「これは福島のお酒です』って言ったとき、スペインの人が後ろにウッと下がったんですよ。あっ、「引く」ってこういうことから生まれた言葉なのかって、一歩後ろに下がる感じだったんです。でも、それは2010年に仕込んだお酒だし、2回も検査して、放射能物質はふくまれてないことを確認してる。でも彼らにしてみれば、わたしたちがチェリノブイリのワインを持ってこられたみたいなもんだから、引くだろうとは予測できたんだけど、ちゃんと言おうと思って言ったんです。「これは福島のお酒ですけど、原発事故が起こる前に収穫したお米を自分たちで仕込んで、本当に飲む人のことを考えつくりました。それを飲んでいただこうと、運んできました」と言ったら、みんなあっと言う間に飲んでくれて、そこにいたワイナリーの人が壇上にあがって、「わたしは自分でお酒をつくっているから、つくっている人がちゃんとしているのがわかる」と言ってくれて、30分で全部お酒がなくなったんです。

M’:  凄い話だね。酒と文明の秘話だね。

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奇しくも、数日後、福島の猪苗代湖を訪ねていた。なぜかそこだけ砂地の上戸浜の浜辺のレストラン。そこで311の被災者の方たちをまじえ、壮大なサンセットを眺めながらの酒宴。酒は日本酒、福島産。料理も主に地元の野菜。

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でも、最高の酒の肴はそのビーチから見る猪苗代湖の黄昏。

猪苗代湖はさほど標高はないのに、何度来ても、感慨はひとつ。

アンデス山中、標高3800mの天空に浮かぶチチカカ湖、そっくりだ!

猪苗代湖の湖底には沈没した鳥居が眠っている。チチカカ湖上のタキーラ島には鳥居がみっつあった。湖底にはインカ帝国が眠っている。

311の前日、猪苗代湖では湖底から隕石のような巨石が湖面に浮かびあがったという・・・

福島の酒を飲みながら、湖畔に暮らしている人から、そんな話しを聞いている。

神威そのものの黄昏の時間がはじまる。

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以下、千恵ちゃんから。

ーー猪苗代湖で日本酒なんて!いいですね。福島は銘酒揃いですものね。大七、大和川、喜多の華、奥の松、飛露喜、天明、会津娘、奈良萬、写楽、会津中将、人気一・・・ざっと思い浮かべただけでも、これだけ出てきました。尽きない(笑)。そうそう、昨日は和歌山に行って、雑貨を飲んできました。同席した和歌山の方が話してましたが、雑貨衆というのは「敵にまわったら、必ず、討つ。味方につけたら、必ず、守る」と言われてたのだそうですね。かっこいい!

確かに、雑貨は、そんな味わいだった。歴史をつくる気魄を感じた(M’)

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