M (森永)セツでは、デッサンの指導ってあったの?
S (早乙女) 何の指導もないですよ。こうしろ、ああしろとは絶対に言わない。ただ、モデルを前に先生といっしょに、描いてました。
M ヘェー、いっしょに描いてんだ、セツ先生が、みんなと。
S それを、先生は自分の描いたものをブラックボードにはるんです。
M じゃ、<第3土ヨー日>と同じじゃない。
S まったく同じ。それをやってるだけですよ。
M セツ先生が描いている姿は見れるわけだ。ライブで?
S そうそう。生き様を見せてるだけですから。
M それを第3で早乙女君はやってるわけだ?
S 多分、ただ描いてる姿を見せてる。
M 会話は?
S 例えば休み時間にいっしょにコーヒー飲みますね。そのとき、髪の毛描くのむずかしいと思ってたから、「先生、髪の毛描くのむずかしくて」って言うと、「エーッ」って先生がこっちを見る目が怖い。先生は、右耳が遠かったんで、左耳の方に喋れっていわれて。で、また言うと、こっちのぞきこむように、「髪の毛がむずかしい? それ、わかったの! すごい進歩!」、それで話は終り。こっちは、まだ19、20ですから、「何だぁ!?」みたいな。
M 他の生徒も、そんな感じ?
S ぼくは、すごく熱心だった。みんなはこわがって近づかない。遠まきに見てるだけです。
M 焼き鳥、たのむ?
S ハイ、ハイ。食べます。
M (店主に)すいませーん、焼き鳥。
店主 何本?
M 4本。
店主 塩、タレ?
M タレ。
S ポテトサラダも。
S あと、先生の講義の時間というのがあった。
M どんなこと話すの?
S それこそマッケンさんの『THE LIFE IN A DAY』じゃないけど、そのときそのとき先生が想ってることを話してくれた。ぼくはそれを一番前で一言一句もらさず聞いていた。絵画論もありました。絵画とは何かとか。
M 絵画は何だって?
S 絵画とは、ある一定のワクで切りとられた自由な空間。その中では何をやってもいいフィクションの空間。その中では何でもありうる。
M そうか。想像力の産物だ。
S それが絵画で、デッサンは何かっていうと、モノクロームの彫刻って言ってました。要するに、平面の上に立体をつむぎだすこと。それが長沢セツのデッサン観で、立体、つまり人体です。
M 美術史は?
S それはなかったですね。それはあとで本を読んで学びました。あと、先生は仕事でやった雑誌の頁を切りとって、ボードにはりつけるんです。そういうところもすごいと思いました。惜し気もなく自分の絵をさらけだすんです。
M それは早乙女君のホームページも同じじゃない。あれも、さらけだしてるよね。
S ひとつひとつ学んでるってことになってるんだろうな。
M 学んでる人もいれば、何も学ばない人もいる。
S それさえも自由ですよって。
M Up to You。あなた次第ですよっていう。
S 多分、それが長沢セツ先生のメッセージだと思います。
M つまり早乙女君には、絵を描くことへの先入観ってなかったんだな。長沢セツに対しても。
S ないない。なんだ、この人はって驚ろきがあっただけで。
M 初期のころのジャズのイラストレーションは仕事で描いたものなの?
S じゃないですね。やっぱり売り込みに行くために一生懸命描いた。
M ジャズをテーマにしたのは、そのころアシッド・ジャズがブームだったし、その影響もあった?
S どうでしょうね、DJじゃないから。でも、『バード』っていう映画が公開されたり、ロバート・アルトマンの『カンザス・シティ』もあったり、ちょっと、そんな空気はあったかも知れない。30年代ブームみたいなのが。
M ジャズで踊るとか。
S そうそう。UFOの矢部君たちが。
M あったね。ロンドンからダンサー呼んでね。ちょっとファッション的に流行になってた。でもさ、まだプロになる前だったら、何描いてもよかったわけじゃない。自由に描けるんだから。ファッションでも、車でも。なぜ、ジャズを選んだの?
S やっぱり一番カッコいい!っていう。何が一番カッコいいかっていったら、ジャズだった、俺の中で。
M それはセツ・モード・セミナーとはカンケーなくね。
S そうそう。セツに行ってたときも好きだったけど。
M でも、セツにはジャズを描くっていう授業はなかったのね。
S ないない。
M モードだよね。
S そうそう。
M そこでミックスされたんだね。個人的に好きなジャズとセツで学んだモード・イラストレーションが。それまでのジャズ画って、ただの似顔絵でしょ。
S 一番活躍してたのは、やっぱり和田誠さんじゃないですかね。
M ノスタルジックな感じだね。
S 胸をかきむしられるような絵ではないですよね。
M あの人たちもジャズは通ってきてるんだよ。ジャズ喫茶の時代だろうけど。あの人たちはジャズ的なるものの影響はうけているんだろうけど、ジャズの持つリビドーは表現してない。早乙女君の絵には、それがある。
S アメリカにはデヴィッド・ストーンマーチンとかベン・シャーンとかいたんです。ウォーホルも。
M モンドリアンもそうだね。
S ジャズに衝撃うけて、絵がかわっちゃった。
M ジャクソン・ポロックあたりはどうなの?
S あの人は、どうなんでしょうね。ポロックのあの絵の元はインディアンの砂絵だっていいますよね。それが資本の側から見て、ルーツがインディアンじゃまずいだろうっていうんで、まわりがいろいろ理屈を考えた。最後、訳わかんなくなって自殺しちゃった。
M それを苦にして?
S 俺は、勝手にそう解釈してますけど。自分のリアルと自分が業界で置かれてる位置にズレが生じて、生きづらくなっちゃったんじゃないかな。だからマッケンさんが書いてた「ポスターで見た方がいい」っていうのが多分答えなんです。そこで、バシッて言い切っちゃってた。美術界や業界側で見るより、街で見た方がすげえよって。
M ジャズ的なるものから影響されるっていうと、だいたいデザイナーの道に進むよね。前の人たちは。ブルーノートのアルバム・デザインとか。
S あれは、カッコいいって憧れたけど。
M そういう意味では、すべてが終ったあとに早乙女君はでできたんだね。
S アナログ盤が夢だったのに、もうCDになってました。
M で、ジャズ・クラブっていうと、もうハイソな。ライブ見に行くと、1万円もとられる時代ね。
S 高くて行けない。
M そういう時代ね。でも<ブルーノート>には行った?
S ジャッキー・マクリーンを見たいと思って、行きました。
M そのときライブ・ドローイングしたんだ?
S ええ。自分が好きだったデヴィッド・ストーンマーチンとかベン・シャーンは、ジャズ・シンガーを見て描いてたわけですよ。でも、俺は、いつも写真を見ながら描いてたから不安でしょうがない。何か、こう二次消費者みたいな、自分が。その不安が、ちょっとあったんですね。むかしは生で描いてたはずだろうって。それで、<ブルーノート>でジャッキー・マクリーンがやるんで、スケッチ・ブック持ってってみようかなって、そんな軽い気持ちだったんです。
M 仕事じゃなかったのね。でも、その場で生で描くってことにテレとかはなかった?
S ないない。切っ羽つまってるから、そんな人のこと考える余裕なんてない。
M 描いたのは演奏中だけ?
S 楽器のセッティングしてるところからです。それで、最近知ったんですけど、そこにブラサキのシンタロー君もコウ君もいたんだって。すげえと思って。
M それは、不思議だね。
M ところで、モードに関しては、何の影響が一番?やっぱり<CAID>?
S ですね。(山本)祐平さんですね。
M どういう出会い?
S 『スィング・ジャーナル』で俺の絵を見て、「誰、こいつ?」って勝手に思ってたみたいで。で、うちの弟がたまたま祐平さんのところでスーツを作った。そのとき、弟の名が早乙女で、『スィング・ジャーナル』でも俺の名を見てて、「この人、知ってる?」って祐平さんが訊いたんです。で、弟が「うちの兄貴です」、「マジ!?」って。それがキッカケです。
M ホント!?そのとき祐平さんは独立してたの?
S いやいや。テイラーにいて。番頭さんをやってた。でも『ドロップアウトのえらいひと』にもでてたけど、渋谷のヒップな連中が、みんな祐平さんしたってきていた。
M それで訪ねていったの?
S いや、呼びだされたんです。弟経由で。すごい年上のおじさんかと思って行ったら、ふざけんなよー、同世代じゃん。まいったって。
M そこで初対面?
S ええ。初めて。それで祐平さんに服を作ってもらった。
M それは、何で作ろうと思ったの?
S 結婚式があって。そのためにフレッド・アステアみたいなモーニング、作れる?って。1930年代の、あのシルエットじゃなきゃだめだぜって。そう言ったら、「やるぅ」って、何かコラボだったっていうか。
M それが、いくつ?
S 20いくつかな。1995年です。
M それからスーツの世界に入っていくのね?
S そうそう。実際作ってもらった。でも、スーツはなかなか現実生活とそぐわないんです。第一、スーツをたくさん作っても収納場所がない。いい生地だと手入れがめちゃくちゃ大変なんです。すぐ虫、食っちゃう。ホントに、貴族の生活ができる人たちの服なんだ。
M でも、仕立てようと思ったときには、1930年代への憧れがあったわけね。
S 入ってました。
M それは既製品じゃだめなわけね。
S もう、オーダーするしかない。
M しかも、ブラサキのスーツも祐平さんが仕立ててたっていうね、偶然。それずっと着てステージに立ってる。
S そうです。あれ作んなきゃ、作んなきゃって、この間、祐平さん言ってました。
M しかしさ、ジャズにモードにイラストレーションのこの出会いって、ノスタルジックで美しい話だよね。しかも町でさ。みんな共通する稼業みたいな。役者が揃っててね。