早乙女道春のことを書くのはこれで2度目だ。ひとつは拙著『続・ドロップアウトのえらいひと』に収録した。
今回はweb内の『画在巷間伝』スペシャルとして、このテキストを作成した。
なぜ書こうと思ったのか?
それはもうかれこれ8年近く彼がつづけているLive drawingで描く絵が、最近ものすごい境地に入った印象をうけたからだ。
毎月一回第3土曜日に南青山のロック・バー〈RED SHOES〉で開催しているイベントで彼はLive drawingを披露してきた。
彼にとってもそれは初めての試み、文字通り薄暗い地下酒場で“暗中模索”となった。
それでも初めから、彼が演奏中のミュージシャンをライブで素描した絵は人気となった。
その後、一回も休まずLive drawingをつづけたことによって、他に類を見ない特異なSaotome worldを確立していったが、去年、彼はそのイベントで「事件でした」と本人が述懐する体験をした。
それによって、彼の絵は的のどまんなかを射抜くような飛躍を遂げた。
それは、そのサウンド、コスチュームを60年代のポップ・カルチャーに求めたノーサレーナというバンドと、揃いのスーツを粋に着こなすビ・バップ・バンドのBloodest Saxophone(以下ブラサキ)との出会いだった。
特に若いころからジャズに傾倒し、ジャズ・プレイヤーを描きつづけてきた彼にとって、ブラサキとの出会いは衝撃といっていい体験だった。
ある夜、〈RED SHOES〉にいた。スペシャル・ギグ・ナイトにブラサキは出演していた。
そのギグにはBig Jay McNeelyという主役がいた。デビューは1948年。アメリカ黒人音楽界の伝説的プレイヤーとブラサキの、一夜限りの白熱のセッションを、彼は2冊分のスケッチ・ブックに描いた。
そのときもまったく新しい境地といえるような絵を描いた。
それを見たとき、最近彼にどんな変化がおこったのか、訊いてみたくなった。
夕方5時。田町駅前のコーヒーショップ。彼はそのときのスケッチ・ブックを2冊抱えて現れた。スモーキング・ルームに席をとり、「何か、食う?」、「ドッグみたいなの食べようかな」と彼はカウンターに買いに行き、その間に自分は近くのコンビニにスポーツ新聞を買いに行った。
コーヒーショップにもどりスポーツ新聞をひろげ、「やっぱな、もう政治一色だ」と自分はため息をもらす。社会主義国家みたいだな。
彼は、「ええ」とうなづく。カセット・テープレコーダーのスイッチをいれ、「はじめようか」、「はい」。
目の前にスケッチブックがひらかれる。
M 顔がいいね、ビッグ・ジェイ。
S 顔がすごくよかったです。
M すごい目だな。ダルマだな。
S 俺も、禅画みたいだなと思って、自分で描いてて。
M うん。禅画だ。
S あの日、ライブは1時間の約束だったみたいです。でも結局2時間40分。それはビック・ジェイにとってはすごく珍しいことなんですって。ブラサキとの共演が余程楽しかったんじゃないかな。それはみんなも言ってたけど。
日本での公演は〈梅田CLUB QUATTRO〉、〈名古屋CLUB QUATTRO〉、〈渋谷CLUB QUATTRO〉と3ヶ所だったが、〈RED SHOES〉で打ち上げパーティーが開催され、そこでシークレット・ギグのような共演を見れた。〈CLUB QUATTRO〉の公演も早乙女君と一緒に見に行ったが、どうしてもステージと客席には距離があり、ライブ・ドローイングの場としてはふさわしくない。早乙女君は手ぶらでやって来た。〈RED SHOES〉で描くつもりだったのだ。
最初から、いつもと気迫がちがう。
M すごいね、この目!鬼の気だな。いい絵だよ。
S 何だぁと思ってさ。頭の形が。何だよ、この型!!と想いながら描いてた。
M これはライブ・ドローイングの最高ケッサクだね!(と拍手する)。すごいよ。こんな少ない線でビッグ・ジェイの本性をとらえてる。やっぱり、ライブ・ドローイングはすごいよ。
S それはトロンボーンのコウ君も言ってて。その場でこんな風に描けちゃうのは異常なことだって。言われて、「あっ、そう」って答えましたけど。
M 異常だよ。この間の横浜のハードコアなバンドのSPECTRUMのヴォーカルが、ライブ・ドローイング中の早乙女君見て、「このひと、やばい!」って言ってたもんな。ブラサキとの出会いは、いつ?何処?
S 〈第3土ヨー日〉ですね。
M その前は彼らの存在知ってた?
S 祐平さん(山本祐平/モダン・テーラー〈Caid〉オーナー)さんから、すごい奴等がいるんだって、けっこう前から聞いてて。ジェントルマン・サミットっていう、ヤングコーンとユキさんがぬけたバンドが祐平さん主催のパーティーによくでてたから、ぼくもよく見てたんです。
M それはやっぱりスーツ・スタイルだったの?
S そうそう。でもスーツの業界のパーティーだから、誰も真剣には聴いてなくて、バンドの方もBGMと割り切ってやってて、あまりピーンとこなかった。それで改めて〈第3土ヨー日〉で聴いたときに、ぶっとんじゃって!何でいままで気がつかなかったんだ!しまった!って俺はすごく思っちゃった。
M それまでたくさんのジャズのライブ、聴いてたのに?
S やっぱり、群を抜いてた。ブラサキは。他にないですね。ビー・バップの、あの40年代のアナーキーさを表現できてるバンドって。他はみんな洗練されちゃってる。
M そうだな、ナントカじみちゃうんだね。
S あと、お仕事っぽいっていうか。それで服装まで気を使ってる人なんていないですよ。ジャズの中では。それでもそういう人たちはいないんだろうなってあきらめてたら、そこにブラサキが出現して、めちゃくちゃショック、でかかった。
M それは早乙女君だけが感受できたんだろうね。
S それ、去年の2月だったかな。で、そのとき、ぼくも祐平さんにつくってもらって10年ぐらい着てなかったスーツを、あっ、着たいと思ったんです。そのぐらい魅かれた。
M つまりスーツとブラサキのジャズは同じ気分だった?ピタッときた。
S きた。もう、ドンピシャンコ!スーツっていってもビジネス・スーツじゃない気分っていうか。
M ブラサキは一見みんな同じスタイルのスーツを着てるように見えるけど、実はひとりひとり微妙にシルエットがちがうんだよね。ヤングコーンは細身で、コー君のはブカッとしてる。だからユニフォームじゃないんだよ。
S それはもう全然レベルがちがう。それは祐平さんがつくってますからね。ひとりひとりに合わせてつくってるんですよ。よくやったと思いますよ、祐平さんも。
M そのスーツのシルエットのズレが音楽にあるんだね。重層的に。何かひとつのものの下にいるんじゃなくて。
S それが多分、うまい具合に、ケンカもありながらかみ合ってるんじゃないかな。
M それでブラサキと出会って、描きはじめて、早乙女君に何か変化は生じた?
S なんか、スーツのシルエットみたいなものを改めてはじめて見た気分ですよね。こんなにスーツってカッコよかったっけっていう。これは描いてみて気がついた。
ここでわかるのは、早乙女君が得意とする、もうひとつのモード・イラストレーションが、ジャズ・プレイヤーのライブ・ドローイングにプラスされたことだ。モード・イラストレーションの基礎はセツ・モード・セミナーで学んだ。
M セツでやっていたのは人体そのもの、ファッションを描く。その周辺のものはない。ミュージシャンがプレイしてるところを描くなんてなかった。ライブ・ドローイングとは全然ちがうよね。
S 全然ちがう。〈第3土ヨー日〉でやってるのは、とまってくれるわけじゃないから。やっぱり絵の学校は、モデルは動かないし、演奏もしない。きちっと、10分なら10分、15分なら15分、静止してくれてるわけだから。でもその訓練がないと、多分、いきなりライブ・ドローイングやろうとしても、誰でもできないですよ。
M 動きを追うだけでも大変なのに、そこにモードも入ってきた。
S それはノーサレーナが先ですね。メンバーのファッションを見て、ぼくの好きな50年代後半から60年代だなぁって。
M ノーサレーナはアイビーだね。
S そう、アイビーですよ。ノーサレーナは大好きなアイビー、ブラサキがビー・バップ、同時に出現しちゃったんです。ノーサレーナの日はアイビー着て行こうみたいな、そういう気分っていうか。そんなこと〈第3土ヨー日〉ではなかったですよ。
M もともと早乙女君がジャズ・プレイヤーを描くっていう根底には、そこに粋なモードがあったからでしょ。
S それはそうです。
M それが〈第3土ヨー日〉ではなかったわけでしょ。出演者は、モード系じゃなかったしね。下手したら、Tシャツにジーンズだもんね。パンクとかね。
S なかった。目の前に出現したのははじめてですね。現実に出現したのは。
M ということは、大事件だ。ブラサキの出現は。
S 大事件です。やっぱり祐平さんもあらためてすごいなと思いました。それでも、みんな10年以上前につくったスーツなのに、新調してない。俺もそうですけど。金、なくて。
M それがまたいいんだ。
S そこもまたカッコいいと思った。ブラサキを見て、やったなー!俺も勇気でてきたぞ。すげえ、うれしかった。
M もしかしたら、黒人ミュージシャンと客も、そんな関係だったかもね。
S 絶対、そうですよ。虫くって穴があいちゃってるのを着てる。
M そこにはミュージシャンとイラストレーターの関係を超えた同志的な絆があるね。
S そうそう。なんで俺たち友だちじゃなかったんだろうねって。そんな話、コウ君としてて笑っちゃって、ふたりで。学校時代にも趣味のあうやつなんていないよ。第一、ビートルズもローリング・ストーンズもよく知らないから、〈RED SHOES〉でも気がひけちゃってさ、なんてヤングコーンも言ってて。そんなこと言ったら俺もロック知らないからって、HaHaHaHa。
M 〈RED SHOES〉は特にモードもないしさ。
S 祐平さんはいつも言ってた。コウ君とシュウジというのがいて、そいつらはすごいよ、ハンパじゃねえよって。奴らは何でもわかってる。音楽も服も全部わかってやってる奴なんてなかなかいねえって。祐平さんは人前では吹いたことないけど、自分でテナーサックスやってますから。
M ブラサキ描くのはセッション気分?
S 俺にとってはブラサキとノーサレーナを描くのはすごく難しいんですよ。すごく緊張するんです。彼らのステージは描いてるより聴いていたい。聴くのと描くのはなかなか同時にできない。聴いてたいから描きづらい。でも最近、〈第3土ヨー日〉をiPhoneで撮った画像を見ると、いかにレンズと人間の眼の見え方がちがうのかっていうのに気づいて、すげえ驚愕します。
M どこがちがう。
S iPhoneは広角ですから、全部映る。結局が虫が何処かに止まってて、虫が見てるって、そのぐらい小さい存在なんだよね。カメラ・アイって。
M でも、その見え方じゃ、ミュージシャンは描けないもんな。全体よりも、体の動きを迫れなきゃいけないんだもんな。それもすべて描くんじゃなくて、選択しながら、瞬間的に。目でとらえた線と、想像の線もある。
S 想像の線はないです。残像はあるけど。
M 組み合わせていくわけだ。
S それもある。とまってる時間が長ければ、全部は描けないにしても、かなり描ける。途中で終わっちゃうときもある。でも〈第3土ヨー日〉ずっとやりつづけてきて描いてきて、ライブ・ドローイングは完成させることじゃないんだなって。あるとき気づいた。2005年ぐらいかな。途中まで描いて、そこで終わったら、次のページにいけばいいじゃんって。そうしたらかえって禅画みたいなのが生まれたり。そう思えるようになって、すごく楽しくなってきた。
M 多分、人間って、こう対面してたり、向こうの人を見たりしても、全部は見てないよ。特長あるところが印象づいてる。
S だから広角レンズみたいな見方してないんじゃないですか。人間の眼って、あんな風に見てないでしょ。
M 多分最近感じるけど、早乙女君のライブ・ドローイングって他にないよ。世界でもないよ。それはやっぱり東洋人だからかもね。
S そうですね。
M やっぱり白人は描き込んでいくものな。
S だから、ライブ・ドローイングではこまかく描かなくてもいいと思う。
M 何だろう?面影。影なのかな。
S うれしいとき人に抱きつくじゃないですか。あの感じですね。あのハグするときの、いっぺんに相手をつかむ感じ。ガーッといく。それ以外のとらえ方はできない。
と対話は深層へと入っていった。ライブ・ドローイングは、早乙女君のスキルの神技をみせ人を驚愕させてやまないが、そこに広がっているエモーショナルな衝動はハグと同じだと語った。それを聞いたとき、ぼくの頭の中でビートルズの『抱きしめたい』が高鳴っていた。
この対話は、カフェから居酒屋に移り、まだまだつづいた。
およそ15年程前、ぼくが校長となり、ストリート系のアートスクールを、青山にあったアンダーグラウンド・バー〈バー青山〉で企画し、開催した。
そのときの名称はOFF OFF ART ARTSCHOOL。DJ、ROCK、FASHION、PHOTOGRAPH、ILLUSTRATION…と教科をもうけ、イラストレーションの講師は早乙女君だった。そのときは、生徒を前にふたりでトークしたが、今回も、そのときを思い出す対話となった。目の前に生徒はいなかったけど、あのときよりリアルに絵とトークでSaotome worldをお伝えできる気がする。
そろそろ、お酒が入る。
(PS)それにしても、Bloodest Saxophoneの『Recus』を聴くと、泣けて泣けてしょうがねえ。