森永博志のオフィシャルサイト

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★★金曜日、午後、恵比寿の事務所で、アート系創造チーム〈生意気〉のマイケル、八田ちゃんに会っていた。事務所には、壁面を隠すほどの大画面のモニター・テレビがあり、くりかえし三面記事のような事件ニュースが流れる。それを見て、英国人のマイケルは、「なんで、こんな大画面で、暗いニュース、見なきゃいけないのか!」と憤慨している。マイケルは、いま赤道直下のジョク・ジャカルタがめちゃくちゃ面白いと言う。ジョク・ジャカルタには以前行ったことがあり、そこが赤道系前衛芸術家たちのサンクチュアリになっていたのは知っているが、「なんで面白いのよ?」、訊くと、マイケルは「赤道直下のパンク!」みたいな言い方をする。「だから、いっしょに行こうよ」。マイケルはリヴァプール生まれだ。彼らはアジアNO1の地下サロン〈スーパーデラックス〉を西麻布と六本木の境目でを運営している。彼らと別れ、恵比寿駅前からタクシーをひろい、渋谷に急ぐ。渋谷の〈フライング・ブックス〉で、次の約束がある。フライングの主人の山路君にマシンガン・ケリーを引き合わせる。時間は7時。すこしおくれた。すでにケリーはいて、ビートニク関連の書棚を見ていた。「あそこに、ゲーリー・スナイダーのサイン、ありますよ」と書架の上に飾られた額を指さす。「ほんとだ」とケリー。お店の女性が山路君に連絡してくれ、彼が上階からダッダッダッと駆けおりてくる。カウンターに座りビールを飲みながら話しはじめるが、ケリーはバッグから「いまやってる仕事だよ」と言って、ミリタリー雑誌の特集の数十ページのすべて、「こだわり」なんていう文化的な言葉を嘲笑うような、ケリーが絵も文も構成もこなした異常なリアリズムの特集を見せてくれる。欧米の軍服、各階級の肩章、軍帽、銃器などミクロの質感まで物質的リアルを描き込む。そして、なぜ自らマシンガンを名乗るか、納得したぜ。 ケリーは、ミリタリーの歴史から各国の様式、さらにベトナム戦争に登場した迷彩柄などを、息つく間もなく、まさに速射砲まんまにマシンガン・トークをかまし、山路君はうなづきながら静聴しているが、ミリタリーにはかなり興味はあるようだ。フライングは、閉店時間を迎えた。そこにもう見るからに若いボヘミアンな男たちが集まってくる。山路君が紹介してくれ、かれらは〈なのるなもない〉という、自分が先日フライングにきたとき店に流れていたかれらのアルバムを耳にし、「凄いな」と感銘したグループだとわかった。かれらは、今夜、近くのライブハウスでライブがあり、その前に会場で売るのかな、自分らのCDを袋にいれる作業をしていた。そこにひとり女性がいて、山路君が「S-KENさんのマネージメントをしてる----」と紹介してくれ、なるほどな、その人脈ならコアだ。と納得した。フライングを出て、ケリーと近くの居酒屋に流れたが、ガード下界隈は異常、異様な人の賑わいだ。昭和の日本が景気のいい頃のクリスマスの夜のような、これは幻覚か!? と自分の感覚を疑ったくらいだ。知る店の何処をのぞいても、満席、満席、満席。それでも、めぐりめぐり、やっと何軒目だったか、奥に「席、あります」と案内された席はステージのような空間に、まるでトーク・ショーのために用意されたような席が二席、「こういうことですよ」と、少し興奮してケリーに言う。それから数時間、ぼくらはお互い、思う事をマシンガントークした。最近、芸術について、これほど思う事をズバッ! 吐いたことはない。そして、お互い、よく飲んだ。かなり、飲んだ。「前から森永さんのことよく知ってたみたいな気分なのだよ」「それはぼくも」。ぼくはケリーに言った。「ウォーホル展もやってる。ストーンズも来てる。ディランも来る。みんな見に行って、やっぱり凄いって騒いでる。でも、大事なのは、そんなことじゃないんです。いま、あんたもやってますか?! あの60年代にぶっ飛ばされた、あれ、やってますかっていう。それが、すべて。いま見たか、どうかなんてどうでもいい。」「なんか、最近、森永さんから電話くると、テンション、あがんのよ」「やりましょう!」。土曜日、昼12時30分新宿駅小田急ハルク前から箱根行の高速バスに乗った。運賃、1630円! この安さがクール!スペードが主催する御殿場のパーティに、遊びに行く。バスは途中渋滞により一時間遅れと言われていたが、スージー・ロトロの本をおもしろく読んでるうちに、案外早く御殿場のターミナルに着く。★★迎えに来てくれてるスペードは「ずっと見えなかったんですけどね、さっきいきなり晴れて、こんなくっきり富士山見えるの、珍しいですよ」うれしそうに言う。同行者はDJのユーホと、自作アクセサリーを会場で売ろうとしている加藤工務店の、加藤さん。若い女性ふたり。加藤さんの本職はアパレルのパタンナー。重そうなレコードやら商品やらいれたカバンを会場に運び込んでから、「お茶でも飲む」と古びた街道筋を散策。「これ、なんていう道?」とスペードに訊くと「これ、246ですよ」「エーッ! 青山通りか!」。★★風化した商店の外観に目を奪われる。ビンビン感じる。エレクトする。無我夢中になって写真を撮る。

★★たどり着いたカフェは〈ロバギター〉、店名はローリング・ストーンズのアルバム『ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト』からきている。そのジャケット写真は大道芸人のようなチャーリー・ワッツがギターを手にジャンプしてる、その路上にギターとふたつの太鼓を背負ったロバ! それでカフェの主人はインスピレーションを受け〈ロバギター〉! そのアルバム・ジャケットが額入りで壁に飾ってある。しかし、ドラマーしかジャケット写真に写ってないなんて、どういうことだ。こんなの前代未聞だ。しかも、ロバ!

★★彼女たちは、明日、アウトレットにショッピングに行く約束をしている。「だって、ヴィヴィアン・ウエストウッドのもあるの」とユーホ。カフェにいる時間は完全に、時間がとまっていた。実に平和だが、窓辺に寄りかかっているロハス系の本の中に、一冊、悪名高い『ロックンロール・バビロン』があり、ひとり、にんまりした。お勘定のとき、美しい女性主人に「『ロックンロール・バビロン』がありますね」と訊くと「ええ、お客さんがおいていったんです」とばれちゃいましたかって顔をした。★★カフェを出てスペードおすすめの焼き鳥屋へと路地を歩いていると、焚き火か風呂釜か、薪の焼ける匂いが漂ってきて、とつぜん、時空の裂け目をすべりおちていった。プルーストの『失われた時を求めて』はマドレールの匂いだったが、此処、富士山麓の路地では、釜で薪が燃える匂いだ。★★焼き鳥屋の窓には暮れゆく富士山のシルエット。「こんなに晴れた日の富士も珍しいです」と店の人も言う。料理は、どれも一級の調味。鴨のスモークはプレートのなかにひとかけらの炭が添えられていた。土地の野菜のサラダは、その飾りつけからしてサラダの概念を超えていた。酒も、年少量しかつくれない稀酒。食べてる最中に、彼女たちと「また、来よう!」と、すべてに酔っていた。しかも、最後の日本茶も、衝撃的な味わいだった。〆て、3人で7000円ほど。

★★天高く暮れゆく町を会場へと向かう途中、スペードから教えられた町銭湯にひとりだけ寄った。彼女たちはライブの準備があるので、会場に急いで向かった。湯は、温泉ではないが、自分は温泉より銭湯の方が好みだ。浴槽にはいり、湯のなかで思い切り海老ぞる。腰にたまっている疲れ、肩や首の筋肉の硬直がいっぺんに吹き飛ぶ。全身の疲労も、この仰け反りで「削除」される。これはなぜか銭湯の浴槽でやると効き目がある。自宅の風呂じゃできない。温泉旅館の湯船だと広すぎる。両手は浴槽の縁。両足は反対側の縁に突っ張る。それで思い切り全身を、ギリギリまで反る。これが、効く。身も心も軽くなる。稀酒も効く。★★外に出たら、気分は「うろつき夜太」だ。ここで夜道を会場に向かう。出演のブラディスト・サクスホーンのメンバーもライブ・ドローイングの早乙女も到着していて、すでにDJが音をだしている。早乙女はスケッチ・ブックにペンをはしらせている。加藤工務店もすでに店開きしている。見慣れた、フェンダーのギター・ピックのブローチ、ギターのツマミの指輪。顔見知りのリーゼント・ヘアーのDJがブースから飛び出してきてフロアーでツイストを踊り出す。

★★ステージの外にはガラス越しに町の光景が素通しだ。ライブがはじまった。街灯がライティングの役割を果たし、まるで路上でのライブのようだ。都内のライブ・ハウスや〈レッドシューズ〉でしか彼らのライブは見ていないが、特異なシチュエーションで見るライブは、その新鮮さもあるのだろうが、映像的に意識に記録される。ブラサキのライブ終了。

★★パーティーはオールナイトと聞いていたので、いったん駅前のホテルに行ってひとねむりしようと会場を出た。町はゴーストタウンだ。スティーブン・キングの小説ワールドみたいで、妙に興奮する。この夜の底、街路をさまよう。なぜか、ホステスが接客するナイト・クラブが何軒もある。路地に灯る赤提灯。しかし、町は無人だ。コンビニは一軒もなかった。土曜の夜、ひとり無人の町を泳いでいる。ホテルにつき、6階でエレベーターの扉が開くと、静岡のパーティーで何度か会ったテディ族のメンバーがテディボーイ・ジャケットを着て、そこに立っていた。「オオー!」同時に声をあげ、「これから?」と訊くとうなづき、「ぼくは、ちょっと休むわ」「じゃ、来るの、待ってます」と別れた。結局、銭湯効力か、すぐ眠りに落ち、目覚めたら朝だった。シーン・チェンジだ。★★★駅前のターミナルから9時05分発の高速バスで新宿に帰る。昼前につき、地下鉄で新橋へ行く。宮越屋珈琲で時間をつぶし元インターナショナル・マーケットにでて、そこからガード下にはいると、ずっと赤提灯が果てなく連なっている。

★★★そこを通り抜け、防空壕のようなトンネルからガード脇の道にでて、高架線はレンガ造り、そこに見るは電気系設備か、19世紀ロンドンを想わす光景。壁面にひとたばのシダが生えている。東京でいちばんクールなヴィジョン。行きつけの町中華屋にはいり、回鍋肉定食。すべて、相席。★★★日比谷シャンティ、映画館で見たかった『ネブラスカ』を見る。全編モノクロ。ピーター・ボクダノヴィチへのオマージュのような、全編に詩情あふれる作品。★★★昨日目に焼き付けた御殿場の町の光景が蘇る。あの光景を記憶のなかで白黒にしてみた。やはり、『ネブラスカ』だ。二夜にわたる、魂が浮遊しつづけた長い一日だった。★★★自分でも言いふるした中古のフレーズだが、広大無辺の宇宙の片隅に弾け散った時の雫。その水玉の表面に映った世界をめぐっていたが、そろそろ帰宅しよう。

続く…